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こづろぐ

会社経営とアーティスト活動のWワーク実現ブログ

アーティスト・プロモーター・起業家・ライフプランナー(FP)・神奈川県厚木市在住・横浜市出身

「厳しい人=甘ったれ」論。当たってる?

「おどし」を「おどし」と思わせたら「おどし」の効果はなくなる。

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人間関係の話でして、とりわけ、子育てにも関わってきます。

その他、「あなたが嫌いな嫌な奴」が存在していたら、最後まで読んでいただくとスッキリするかもしれません♪

今日、子供がちょいと乱暴なことをしたので叱った妻。
それに対して素直に謝れないわが子。
実は今日は遊園地に行く予定だったのがこのすったもんだで時間はお昼に差し掛かる。

こちとて、もうやめにしようか?と思い始める。

他の子たちも遊園地がとりやえになる?と焦り始める。

「もう遊園地はやめよう!」と妻が言う。もちろん、「おどし」のつもり。

わが子は絶対に謝らない。

なぜなら、「おどし」とわかっているからだ。きっと最後は許してくれる。元通りになる。そう思っているから、簡単には謝らない。

僕はこれには激しく現実を知らしめたくなる。

ここで、結局元さやに戻ったら、人生を甘く見る大人に育つのではないか?

そういう大人をたくさん知っているから不安になる。

何をやっても結局は平和が戻ってくるという楽観主義者に育ってしまうのではないか?

だから、断じて、遊園地は取り止めにしようということにした。

でも、妻はさすがに、自分も怒りすぎた、夏休み最後のイベントだから、連れて行ってあげてほしいと言う。妻がそういうのなら…と結局は行ったわけですが…

大人になる前に取り返しがつかなくなる事態というものを経験しておいてほしい。

結局は平和が訪れると楽観視している人ほど、攻撃的だと思う。

きっと、そういう人生を歩んできたのだと思う。

他人に厳しい言葉を投げかけるような人ほど、プライドが高く、自身には甘ったれである傾向が強いなーと日々、思っている。

他人に厳しい言葉をぶつけても結局は許してもらえる、受け入れてもらえるという楽観主義者。それは、その人の人生が許され続けてきた結果なのかもしれません。

逆に許してもらえなかった、言葉で失敗を経験をした人は言葉を慎重に選ぶようになる。僕自身がこれです。

僕は思ったことを正直に話してほしいと言われても、それを鵜呑みにはせず、厳しい指摘は避けるし、仕事上どうしても指摘しないとならないときは、必ず良い部分を織り交ぜて話す。

第三者の個人や団体に関してネガティブなことをネットや口コミで書くことはまずないです。(商品やメーカーに関してはありますけど。)

厳しい指摘をし続けて双方が気持ち良い関係になるなんて、夫婦や親子ですらありえない。
コミュニケーションは本音と建て前のバランス。本音をぶつけるときは、まず、本音をぶつけるぞという雰囲気作りからが大事で、それって案外、居酒屋が適したりする。

いわゆる「酒の席」というやつ。

それ以外は年に1回あるかないかで充分だと思う。おかずの味付けだって何も言わないに越したことはないと思う(;^_^A

思ったことをすべて打ち明ける人は出世しない。

結局、優しい人は、勝ち上がる。「自称厳しい人」はだいたいB級かC級それ以下でもがき続けている傾向があると思う。

長年、講師という仕事をしてきた僕から見える『「厳しい人」=「甘ったれ」論』です。

だから、「なんか、この人、文句ばっかり言って嫌な感じだな」と思ったら、甘ったれだからしょうがないと思うこと。

戦わず、やり過ごしてください。